【まあだだよ】
黒澤明監督
松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ、寺尾聰出演
1993年製作
「七人の侍」「生きる」など海外でも大きな功績を残した黒澤明監督の三十作目で、公開時は83歳、彼の遺作となった作品です。内田百閒の随筆を元に彼と門下生を描いています。師を慕う門下生たちとの生き生きしたとした交流のなかで内田百閒先生の暖かな人柄が偲ばれる名作です。
【あらすじ】
昭和18年、百閒先生は文筆業に専念するため長年勤めた大学を去ることにしました。先生を慕う門下生たちはそれでも足繁く先生宅を訪ねます。先生が還暦を迎えた頃、空襲で先生の家が焼かれてしまいます。小さな小屋での生活を余儀なくされるのですが先生は奥様と共に春夏秋冬、美しい日々をその狭い空間で過ごします。その後、門下生たちの計らいで新居を構えることができ、先生は文筆家としての活動を続けていきます。
【みどころ】
先生が大好きな門下生たちに所ジョージさん、井川比佐志さん、寺尾聰さんを中心に個性溢れる面々が集まります。先生を囲む会、「摩阿陀会(まあだかい)」を発足させ、年に一度、元気で死にそうにもない先生を洒落て「まあだかい?」と尋ねるのです。そこで先生は飄々と「まあだだよ」と答えてビールを一気に飲み干すのを合図にざっくばらんに酒を酌み交わす、というのがお決まりの会。パワフルとは言い難い先生でなんだか見ていてハラハラするのですが、その飄々としてマイペースな雰囲気にはこちらが癒されてしまいます。帰ってこない愛猫に心を痛める先生の姿も可愛らしくも一緒に胸が苦しくなってします。こんな憎めない先生っていそうでいないかもしれない、羨ましくなる師弟関係です。
【この映画にまつわる個人的コラム】
黒澤明監督といえば、「七人の侍」や「羅生門」「用心棒」など、三船敏郎さんのあの猛々しいくわっとした顔が思い浮かぶのですが、監督の遺作となってしまったこの作品はとても淡々としていてシンプルです。穏やかで静に満ちた先生の佇まいと先生を慕う明るさと若さに満ちた門下生たち。人生の晩年を余計なものをそぎおとして徹底的にシンプルに描いていて闇雲に涙を誘ったりすることもありません。底はかと無常と、それを受け入れる希望も観る側に与えてくれるような熟練を感じます。監督は最後まで素敵な創作者であったんだと思いました。とても素晴らしい映画です。
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